青畝先生の俳話

阿波野青畝先生の俳話から『俳句のこころ』を学びます。

芭蕉のことばを借りて月日は旅人である。 六十何年の私の俳歴を顧みたときの実感もそうである。 あわただしいがまさにそうである。

人は生命をもっている。心−主観−を忘れるなよと浜人は叱った。 大成するには写生の修練が要ると、私の指針を修正させた壮年の虚子先生は、更にこわい人だった。

紙魚が匂う古本から猿蓑を漁った。芭蕉を知りたいためだが読めぬ字がゴロゴロしていた。 それよりも蕪村は分り易かった。絵を見るように具体的である。

作法は蕪村流に精神は芭蕉追及、写生を旨とする花鳥諷詠は虚子である。 そうと決めたのがわが生涯となった。

///// 句集「正編・青畝風土記」”監修の辞に代えて”より引用

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