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楽しく俳句ライフを続けるために最も大事な基本姿勢について説明します。
俳句は理屈をいうのではなく実感を詠むのだということは何度も強調してきました。 初学のときに考えて作る癖が付くと後々軌道修正するのはとても難しいからです。
写生の訓練が十分にできていない初学のうちに心象や人事の句を詠むとどうしても理屈っぽい作品になりがちです。 ですから初めのうちは、こうした題材を避けて自然写生に徹して欲しいのです。 単なるスケッチではなく対象を凝視して心に響いてきた生命の尊厳を五・七・五に詠むのです。 これを繰り返しているうちに徐々に忘れていた感性が蘇ってくるのです。
卓上の鉢花を眺めながら句を詠むことも一応は自然写生ですが、できるだけ戸外に出かけていって句を作るほうが感動が得られやすいです。 遠出をする必要はなく、自宅周辺の公園散歩でもいいのです。 時間がなければ自宅のお庭でも良いと思います。
吟行での作り方の詳細は後述しますが、とにかく頭の中を無にして心を集中し自然と向かい合って下さい。 そして心に響いてきた感動を素直な言葉で表現するのです。 語調が整わなくても気にしないでどんどん句帳に書きとめていきます。 難しい言葉を使う必要はありません。自分の言葉で良いのです。
どしどし作って無料添削や毎日句会に投句して下さい。 添削や毎日句会の「みのる選」は、何よりも大切なライフワークと思って取り組んでいます。 全ての投稿作品を拝見し、未完成であっても感動をとらえている作品は添削して選びます。 みのる選にはいらなかった句は没ということで捨てて下さい。 これを繰り返し訓練していくうちに理屈ではなく直感的に句のよし悪しの基準が身についていきます。 没になった作品にいつまでも固執する人がいますが、執着は進歩の妨げであることを覚えてください。
伝統俳句は季語(季感)が生命です。季語の覚え方について以下のステップがあります。
季語をたくさん知っているほど句が作りやすくより具体的に感動を表現できます。 俳句を初めて一年経つとほぼ基本的な季語を覚えます。 そして三年を経て、ようやくひとつ一つの季語の味の違いが解ってくると言われています。 つまり季語を覚えることと、その季語の持つ本質的な固有の味わいを知ることとは違うのです。 季語の持つ深い味を知るには季寄せではなく例句の載った歳時記の方がいいかも知れません。
季寄せなどを見ると一つの季語でもいろいろ表現にバリエーションがあることがわかります。 例えば「春」という季語を例に歳時記を見てみましょう。 春立つ、春の朝、春浅し、春深し、春宵、春行く、春の空、春の雲、...ただ「春」とだけ言うよりそれぞれ違った意味があり、より具象性があります。 出来るだけ具体的な季語を選ぶことが佳句を生む秘訣ですから、いろんな季語のバリエーションを知っていることはとても大切なのです。
初心者は、熱心に作句しますが選句をおろそかにする傾向があります。 どのように選べばよいのかが分からないからです。
作ることより選ぶ方が簡単だと思いがちですが実際は逆です。 たまたま佳句が授かることはあってもまぐれで良い選句をすることはできません。 「選は創作なり」と言われた高浜虚子先生の言葉は有名ですが、選のありようこそが本物の創作(実力) ということですね。 つまり選句力を養うことこそが作句力を向上させる最も近道なのです。
選句するときには真剣に選ばなくてはいけません。 句会で披講を聞いているときも、選者や上級者の選と自分の選がどのように違うかという点に気を付けてチェックしておくと、あとで復習するのに役立ちます。 自分の句が選ばれるか否かにしか興味を持たず、ぺちゃくちゃ私語をしたり真剣に選ぶ姿勢のない人がいますが、これでは上達は望めません。
俳句は理屈ではなく感性だといいました。 感性というのは直感的なものであれこれ考えた末に納得して感じるものではありません。 はじめは、ことばも知らないし経験も少ないですから、よく分からない句に出くわしますが、分からないものはいくら考えても分かないのでパスしてください。 直感的に心に響いてきて自分自身がいいなと思う句を選べばいいのです。 インターネット句会ではゆっくり時間をかけられますが、実際の句会では限られた時間内に粛々と清記稿をまわして句を選んでいきます。 句会全体のペースを乱さないために自分のところで清記用紙が滞らないように配慮することは最低限のマナーです。
"パッと見て、サッと選ぶ"
という訓練をして下さい。 ぐずぐず時間をかけて選ぶ癖がつくと後で直しにくいものです。
選句力を養う一番良い方法は鑑賞力を育てることです。 上級者の鑑賞文を読むことで選句のこつを掴めます。 また、実際に自分で鑑賞して文章にまとめることは最も良い勉強法なのです。 GH毎日句会にも D_Forum という鑑賞を書く掲示板が用意されています。 "おめでとう" という言葉とともに、その作品のどこに共感を得たかを具体的に書けるように勉強しましょう。 鑑賞文の参考としてGHにある鑑賞のページをリンクしておきます。
吟行に行くときの心がけについて説明します。
時間の制約もなくお喋りもしないので集中して作句できます。 ただ後で句会がないので、”どうしても作らなければ” という気持ちが湧かず結局、一句も作れなかったということも多いです。 10句出来るまでは粘って頑張るというような強い意志を持つことが必要です。
みんなで一緒に作句をするので互いに刺激しあって意欲的に作れます。 また物知りの先輩にいろいろ教えて貰えたり質問できたりという余録もありますよね。
複数で吟行するときは必ず句会をするようにしましょう。 たとい二人でも、後で見せあって感想を語り合うことは出来ますし三人以上なら必ず句会を設定しておきます。 そうすることで苦しみながらでも句を作るようになりますし、何よりも句会は楽しいものです。 最も気を付けないといけないのはお喋りし過ぎないことです。 勿論、集中して作句している人の邪魔をしてもいけません。
あちこち移動し過ぎると目移りするので感動が捉えにくくなります。 ここと決めたら、その場所で徹底的にがんばってみる。 要するにこころを集中させることが大切で、集中出来ないうちに次々移動するとそれが出来ないからです。 同じ場所で粘るほうが思わぬ変化や動きを発見できる確率が高くなるのです。 これは、わたしの実体験ですから自信を持って断言できます。 見えている表面的な部分だけを観察するのではなく、見えないものに目を向ける、見つける力(心眼)を身につけたいですね。
吟行での第一句目というのは、なかなか生まれないものです。 ただ漫然と歩いたり眺めていたりしても句は出来ません。 そんなときはまず季語を探しましょう。 見つかればそこにしばらく腰を落ち着けてがんばる。 これが吟行の基本姿勢です。 前日に吟行地の情報、どんな花が咲いているとかどんな施設があるかなどを予習していくのも大事なことです。 小型の季寄せは吟行の必携品ですね。
何でも良いからまず一句作ってみましょう。 最初から良い句を作ろうと構えるとなかなか句が生まれません。 何も考えずにどんどん作っているうちに調子が出てくるのです。 同じような句ができても気にせず、どんどん句帳に書いていきましょう。 あとで推敲するときに5番目の上五と9番の中七、下五を組み合わせるといい句になった、 ということも多いのです。
一箇所で我慢して粘っていると、徐々に調子が出てきます。 そこで、さらにこころを集中させてください。 集中させるコツは、俗事的なことを全く忘れて無我の状態になることです。 仕事のこと、家族のことなど気になるようなことは全部払拭して、 詠もうとする対象にこころを遊ばせます。 これが上手にコントロールできるようになると、 俳句はよい気分転換になってストレス解消にも役立つのです。
超初心の段階では、推敲のやりかたも分からないので、 あまりこれ繰り回さないで指導者の添削を受けるのが望ましいです。 けれども、いつまでも添削に頼っているのも進歩がありません。 自分の句、他人の句を問わず、 指導者がどのように添削しているかを真剣に復習していると、 だんだん分かってきますから、少しずつ自分で推敲する訓練も大切です。
吟行で作った作品を作りっ放しにしてはいけません。 かならず推敲する習慣をつけましょう。 うっかり無季(季語がない)になっていることも案外多いのです。 もちろん季語が二つ以上あるのもいけませんね。 自分には分かっても、 他人には何の事か分からないような表現になっていることもあります。 時間を置いて、見直すことでそれに気づくことは多いのです。 必ず推敲する習慣をつけましょう。
漢字のわからなかったものは辞典を引いて直しておきましょう。 曖昧なことばを使ったと思ったら、国語辞典で確かめましょう。 また、他にもっと適切なことばが無いかを調べるのも大切です。 類語辞典が一冊あると推敲には重宝します。
俳句の世界では、類想、類句に関するトラブルは日常茶飯事といっても過言ではありません。 この問題については自他に関わらず、しっかりとした信念をもっておくことが大切です。
「その句はわたしが先に作っている!」 などとよく騒ぐ人がいますが、気にしないことです。 同じ情景を観察していると、 他の人とよく似た類句や類想が生まれるのは当然です。 また不思議なように素直に一句が生まれることがあり、 これは、誰かの句集か歳時記などで見た句ではないか? と、自分を疑うようなこともありますが、 初学のうちはあまり気にしないほうが良いです。 必要以上にこれを気にしだすと句が作れなくなります。
意図的に類句を作って投句することは論外ですが、 そうと知らずに投句してしまうことは特に恥ずかしいことでも、 悪いことでもありません。 ただ、類句も類想も発覚したときには潔く捨てましょう。
"どちらが先に作ったか"
などと論争するのは見苦しいものです。 類句や類想の句が生まれるということは、 個性に欠けているからだと謙虚に受け止めればいいのです。 つまらない類句論争をするよりも、 類想のない個性的な感性を育てることのほうがが大切なことです。
生活環境、仕事の関係、自分自身の好不調によって、誰にも波があるものです。 けれどもどんなに足踏みしてもいいから、決して休まないという心がけが大切です。
忙しいからとか、 どうも調子が出ないからという理由で作句や投句を休んではいけません。 一日でも休むとそれだけ感性は退化すると思わなければいけません。 どんなに忙しくても十分くらいの時間は取れるでしょう。 一日一句を心がければ月に三十句は作れるはずです。
感性が鈍ってくるとつい頭で考えて作るようになり不調に陥ります。 そんな時は少し作句を離れて、先生の句集とか、 結社の選集(入選作品の中からさらに厳選してまとめられた作品集)などを読みましょう。 良い作品を読むことで鈍った感性を軌道修正するのです。 また、投句はできなくても選句だけは続ける・・ということも大切なことです。
俳句上達の最も近道は、なんと言ってもこれに尽きます。 ”もう少し上達してから”と考える人もいますが私は反対です。 なぜなら、独学で上達することは難しく、一度変な癖がつくと直らないからです。 早い段階から専門の先生の指導を受けることはとても重要なことなのです。 ただし、半端な気持ちで結社に入会してはいけません。 句会に参加できないとか、投句もしたりしなかったりというようでは、 入会する意味もありませんし、当然、上達も望めません。
結社では半年分とか一年分とか一定の誌代を前納しなければいけません。 句会に出席するときにも参加費が必要です。 必要経費のほかに指導してくださる先生に対する謝礼が含まれる場合もありますから、 意外と高額なケースもあります。 情報は大抵事前に知らされますから納得して参加しましょう。
そのほかさまざまなお付き合いも生じてきます。 このあたりは俳句に限ったことではありませんがある程度の覚悟は必要です。 いずれにしても、
”無料で教えてくれる優秀な学習塾は無い”
ということを十分納得しておく必要があるでしょう。
結社の選びかたにベストという方法はありません。 その人の作風や住んでいる地域などにも関連するので、 どの結社が良いかということは、一概に言えないのです。 俳句入門小講座の中で、 わたしのケースの例を書いていますので、参考にして下さい。 もし、よくわからなかったり、決断がつかなかったりしたときは、 メールで相談してくだされば私にわかる範囲でお答えします。
あなたのご意見・感想をお送りください。どんなことでもお気軽にどうぞ。