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「みのる選」の中の一句について、「季重なりではないか」という匿名の質問があったので説明を書くことにしました。 質問のあった作品は、次の句です。
”ビーチ傘は夏の季語。芋畑は秋の季語。明らかな季重りではないの?” というご質問です。
このような疑問が生じたときの対応として、 繰り返し言っているように、「一句の中の季感」をチェックして欲しいのです。 確かに歳時記では、「ビーチ傘」は夏の季語です。 けれども、ビーチで使われている様子を詠み込まなければ、季語としての権利は無いと思います。 倉庫の中で眠っていたり、粗大ゴミとして捨てられているビーチ傘に夏の季感はないからです。 理解の早い方は、ここまでの説明でピンと来られたはずですね。
この句の状況は、芋畑のほとりに使い古しのビーチ傘がちょっと傾いて立てられているのです。 芋畑が歳時記で秋の季語に分類されているのは、収穫の時期を示しています。 「芋の花」は仲夏とされます。 おそらくこの芋畑は、まだ残暑厳しい晩夏から初秋にかけての収穫前の時候ではないかと想像できます。 畑作業の合間に残暑の日を避けて休憩できるように大きなビーチ傘を立ててあるのでしょう。 芋どころ薩摩のローカルな生活ぶりが感じられませんか?
「季語が二つあるから季重り」 なのではなく、「季感が複数あるもの」 が季重り
と覚えて欲しいです。
この句は、季語が三つある例としてよく取りざたされますね。 ぼくは、この句を名句だとは思いませんが、”なんとなくそんなころ”という時候のあいさつとして、 世間ではよく取り上げられる句です。 三つの季語はいづれも夏。そして、まさにそんなころ・・という「季感」の句ですから、「季重り」ではない、 というのがぼくの考え方です。
「季重り」の禁止は、俳句を始めたばかりの方には、「季感」というものを的確に判断することは難しいので、 ある程度上達して理解できるようになるまでは、一句の中に複数の季語を使うことを戒めているのです。 決して、”複数の季語を使ってはいけない”というルールがあるのではありません。 ただ、「季感が複数ある」という俳句は絶対にありえないと、ぼくは思います。
(2004年07月15日の日記より)
(C)2000-2008 やまだみのる
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