詩篇の散歩道

(テキスト版)

やまだみのる

道しるべ

旧約聖書の詩人達は、信仰の戦い(苦難、喜び、希望、・・・)を詩(うた)に綴りました。
これらの詩は、彼らの日々の祈りであり、賛美であり、また慰めなのです。
わたしが、神さまへの賛美を俳句に詠みたいと考えたのは、彼らと同じ思いです。
旧約聖書の詩篇は「ゴスペル俳句」の原点なのです。

幸いな人 (詩篇 第1篇)

悪しきもののはかりごとに歩まず、
罪びとの道に立たず、
あざける者の座にすわらない
その人は幸いである。
このような人は主のおきてを喜び、
昼も夜もそのおきてを思う。
このような人は流れのほとりに
植えられた木の時が来ると実を結び、
その葉もしぼまないように、
そのなすところは皆栄える。

悪しき者はそうではない。
風の吹き去るもみがらののようだ。
それゆえ、
悪しきものはさばきに耐えない。
罪びとは正しい者のつどいに
立つことが出来ない。
主は正しい者の道を知られる。
しかし、悪しき者の道は滅びる。

神の栄光 (詩篇19編1〜4編前半)

もろもろの天は神の栄光をあらわし
大空はみ手のわざをしめす。
この世はことばをかの日につたえ
この世は知識をかの世につげる。

話すことなく、語ることなく
その声も聞こえないのに
その響きは全地にあまねく
その言葉は世界の果てにまで及ぶ。

良い羊飼い (詩篇 第23篇)

主はわたしの牧者であって
わたしは乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場にふさせ
いこいの汀にともなわれる。
主はわたしの魂をいきかえらせ
み名のために
わたしを正しい道に導かれる

たといわたしは
死の陰の谷を歩むとも
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共に
おられるからです。

あなたのむちと
あなたの杖はわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で
わたしの前に宴を設け
わたしのこうべに油をそそがれる。
わたしの杯はあふれます。

わたしの生きている限りは
必ず恵みといつくしみとが
伴うでしょう。
わたしはとこしえに
主の宮に住むでしょう。

信仰の歌 (詩篇46編1〜3節)

神はわれらの避けどころ
また力である。
悩めるときのいと近き助けである。
このゆえに、たとい地は変わり
山は海の真中に移るとも
われらは恐れない。
たといその水は鳴りとどろき
あわだつとも
そのさわぎによって
山は震え動くとも
われらは恐れない。

主のみ教え (詩篇119篇71〜72節,92〜93節)

苦しみにあったことは、
私にとってしあわせでした。
私はそれで
あなたのおきてを学びました。
あなたの御口のおしえは、私にとって
幾千の金銀にまさるものです。

もしあなたのみおしえが
私の喜び出なかったら
私は自分の悩みの中で
滅んでいたでしょう。
私はあなたの戒めを決して忘れません。
それによって、あなたは
私を生かしてくださったからです。

主の守り(詩篇 第121篇1〜5節)

わたしは山にむかって目をあげる。
わが助けは
どこから来るであろうか。
わが助けは
天と地を造られた主から来る。
主はあなたの足の動かされるのを
ゆるされない。あなたを守る者は
まどろむことがない。

見よ、イスラエルを守る者は
まどろむこともなく
眠ることもない。
主はあなたを守る者
主はあなたの右の手を
おおう陰である。

勤労の実 (詩篇 第126篇5から6節)

涙をもって種まく者は
喜びの声をもって刈り取る。
種を携え、涙を流して出て行く者は
束を携え、喜びの声をあげて
帰ってくるであろう。

家庭の祝福 (詩篇127篇)

主が家を建てるのでなければ
建てるものの働きはむなしい。
主が町を守るのでなければ
守るものの見張りはむなしい。
あなたがたが早く起きるのも
おそくやすむのも
辛苦の糧を食べるのも
それはむなしい。

主は愛するものには
眠っている間に
このように備えてくださる。
見よ。子供達は主の賜物
胎の実は報酬である。

わかいときの子らは
まさに勇士の手にある矢のようだ。
幸いなるかな
矢筒をその矢で満たしている人は。
彼らは門で敵とかたるときにも
恥を見ることがない。

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