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青畝先生の句に触れていると、忘れかけていた何かが蘇ってくるような気がします。
阪神淡路大震災 のあと、仕事が忙しくなって俳句との両立が困難になりました。全く句が作れなくなったのです。 それから数年が経ちました。なんとか昔のように句が詠みたいと思いました。 何度か吟行にも行きましたが、昔のように心に響いてこないのです。 みなさんの俳句を選んだり、添削したりすることは違和感なくできるのですが、 どうしても自分の句が詠めないのです。
GHを公開して3年目、吟行オフも3回を数えました。 支援者の皆さんと一緒に吟行を愉しんでいるうちに、ようやく頑なだったものが、 ほぐれはじめたような感じがしています。 青畝先生の作品を鑑賞していると、 いろんなことが思い出されて胸が熱くなることがあります。 いまはなき、かつらぎ庵にも何度かお邪魔して、先生のお話をお聞きました。 かつらぎ庵のお庭には、萩がたくさんあって、盛りの頃はそれは見事だったと聞きます。
あるとき、青畝先生から思いがけないお言葉を聞きました。 具体的に書くと差しさわりがあるのですが、これからの俳諧のために、 あなたのような若い作家が、頑張って欲しい。みのるさん恃みますよ・・・というような意味のお話でした。 ぼくは、自分の耳を疑いましたが、先生は真顔でした。 今でもそのお言葉は、脳裏に焼きついていますが、なぜ若輩のぼくに、そんなことを言われたのか、 それが何を意味するのか、いまもぼくには、わかりません。 けれど、このお言葉を忘れない限り、ぼくは俳句を愛しつづけるでしょう。
青畝先生には、野心という言葉は全く縁なく、俳句を愛し、弟子を愛し、 そして俳諧を愛して、指導を使命としてひたすら献身的な生涯を全うされました。 先生の謦咳に接した誰もが、自分がもっとも先生に愛されたという思いを抱いているのは、 有名な話なのです。
この句に代表されるように、先生の確とした姿勢は、誰にも真似の出来ないものと思います。 作品は勿論ですが、青畝先生の残された多くの俳句のこころは、大切な遺産です。 「みのるさん恃みますよ・・」と仰った先生のあたたかい励ましに応えるためにも、 決してGHの運営を誤ってはならないと思います。
(2002年12月14日の日記より)
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