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今日は一日仕事で、先ほど(21:40)帰宅しました。
みのる選は、明日まとめて発表します。ごめんなさい。
もう4日も日記を書いてなかった。
最近サイト管理の悩み多し。情緒のバイオリズム下降中。
俳句の学びの中で一番大切なことはといえば、「季語・季感」であることは異論がないと思います。 けれども、気をつけなければ季語に対する間違った知識や理解が上達を妨げることにもなりかねません。 初心者にとって「季語を覚える」ということは基本ですが、 句歴1年を越えた人は、次のステップとして、「季語を知る」という段階へ上昇して欲しいと思います。 「季語の種類や季感を覚える」ということと、 「季語の本質を知る」ということとはまったく別の次元のことであって、 本当に重要なのは後者だと言いたいのです。
また、「新しさ」という名目で、どんどん自分勝手な解釈を展開しはじめる人もいます。 新しさを求めることは悪いことではありませんし、むしろ必要なことです。 しかし、俳諧の長い歴史の中で培われてきた、「季語の本質」というものを理解しようとしないで、 季感がおかしいとか、死語だとかを軽々しく論じてはいけないと思うのです。
"新しさを追求しながら、類想のない個性的な作品を目指す。"
ことが、さらなるレベルアップへの重要課題だと言えますが、 「温故知新」の心を決して忘れてはいけないと思います。
会員資格の公正を期するために、 『参加資格』 を変更して、 今後はフリーメールアドレスでの登録は禁止扱いにしました。 禁止アドレスの一欄については、現在整理中ですので追って発表します。
また、個人を特定できないアドレス(info@*** webmaster@*** admin@*** など)も使えません。
会員数の増加に伴って連絡の取れないメールアドレスが増えてきました。 メールが通らないと重要なお知らせを送りたくてもお手上げになります。 このような制限は決して本意ではありませんが、 快適なサイト環境を維持するためですので、どうぞご理解ください。
既にフリーメールで登録済みの方の扱いについては、まだ決めていませんが、 できるだけ、早期に変更していただきたいと願っています。 アドレスの変更方法の詳細は別途マニュアルを作成します。 基本的には、連絡頂いた日時に現在の登録を削除し、 再度新規登録していただくという手順になります。
この件に関して、ご意見やご質問があればお気軽に、 みのる宛にメールをお送りください。
今朝はしょぼしょぼ雨が降って、梅雨らしい雰囲気です。
いつものように5時起床、傘をさして散歩に出かけました。 濡れた鋪道には、たくさんのミミズさんが 雨のシャワーを楽しんでいるかのように散歩していました。
ところで、各掲示板に「あらし」もどきの書き込みが増えてきました。 ”おかしいな・・”と思われたら、絶対に反応しないように注意してください。
期間限定のつもりで公開した、「声のかけら。」ですが、まだ続いています。 みなさんが楽しんでくださっているようなので、もう暫く継続します。
「かけら」を読んでいると、共有日記のようなのがいくつかありました。 かけらの機能で日記を繋いでいくのはちょっと不便なので、 別に「共有日記」を設置しました。 これも、結城浩さんの作られたCGIプログラムです。 談話室、声のかけら、共有日記と目的別に使い分けてくださると嬉しいです。
掲示板の雰囲気は、ひとりひとりの書きこみ記事によって育まれます。 記事を読んでいて、楽しく、面白く、元気がもらえる。 そんな掲示板になってくると、管理人は「にっこり」とします。
”読みやすいように句読点や改行にも気配りし、長文は避ける。”
ことは、心がけとしての基本中の基本と言えるでしょう。 短くて簡潔な中に、その人の人格がにじみ出ているような、 そんな含蓄のある文章に出会うと、とても幸せな気分になりますね。 談話室、かけら、日記と、それぞれ趣旨が異なるので、 当然、記事の文体もそれを意識して表現するとよりウイットを感じます。
" 俳句は17文字で1冊の小説が書ける文学 "
とも言われます。 俳句における省略化の技法は、簡潔明快な文章を書くことにも通じます。
今日の正午頃、台風の目に入ったようです。
激しい風雨が続きましたが被害はありませんでした。 関東東北方面はまだ注意が必要のようです。ご注意ください。
みのる選をしていて少し残念に思うことがあります。 それは、「観念に溺れた俳句が多い」ということです。
真剣に自然写生と取り組み、生命の尊厳を描写する。 そういう姿勢で取り組んでいる作品は、その表現が稚拙であっても添削して採ることができます。 けれども、何度も言い古されてきたような材料を、 言葉の言い回しだけを変えて新しさを求めていると錯覚しているような作品に出会うと、 たとい高点を得ておられる作品であっても採れないのです。
青畝先生の俳話「観念に溺れるな」の一文のなかにも以下のような一節があります。、
相も変わらず陳腐きわまる景色を持ち回っているのに、むしろあきれてしまう。 俳句という天地では、こういう天地と、最初に観念で固定化してしまう。 何度俳句にまとめてみても真実に触れてこない。 写生してほしいと叫んではみても、写生されない。 その人はそれでも写生してあるつもりかも知らぬが、 自分を虚しくして対象に接しないから対象の真実、作家の真実、そうゆう尊さを知ることができないのである。
つまり先入主観念なる色眼鏡をかけて、その色を透して対象を捉えようとしているのであるから、 ほんとうに生き生きした対象が目にはいる道理がない。
"互選で高点を得ているのに、みのる選にはいらないのはなぜ?"
という疑問や不満をお持ちの方も多いと思います。また、
” 初心のころは、よく「みのる選」に入ったのに、最近はどうも不調だ ”
と感じておられる方もいらっしゃるでしょう。 斯くいうぼくも、何度もスランプを経験しました。 ほとんどのケースは、この「観念俳句」の落とし穴にはまって溺れているのです。 もういちど原点に帰って、自分の作句態度をチェックいたしましょう。
今朝、みんなのプロフィールのデータファイルが破損していましたので、 バックアップファイルと差し替えました。 一部の方の登録は消えてしまったと思うので確認してください。 「誰かのミス操作が原因」ということではないので、どうぞご心配のないように。
この現象は、おそらく複数の方の書き込み処理が同時にバッティグしたのだと思います。 このトラブルを防ぐために、「ファイルロック」という仕組みを設定できるのですが、 以前にこれを使うと、プログラムが固まってしまったことがあり、 現在ファイルロックをはずしています。 たくさんの方がアクセスされるようになったので、見直しの時期にきているようです。
「声のかけら」にみのるへの要望やご意見を書いてくださる方があるようです。 でも、「声のかけら」は匿名ですし、答えを期待しない「ひとりごと」「つぶやき」 である場合もあると思って、基本的にはお答えしてないのです。
また、感想などを書くための「読者の声」のボードに質問を書いておられる方もあります。 でも、そういう事例を作るとボードの目的が混乱するので、これにもご返事していません。 大変申し訳ないのですが、これらの記事は削除させていただきます。
今までに書いてくださったご意見(ひとりごと?)に対して、みのるの「ひとりごと」を書いておきます。
" 吟行句ではなく、生活身辺句では、みのる選に入らないの? "
特に区別(差別?)はしていません。 「季感が動かないか」、「感動が伝わってくるか」という点をチェックして、佳句なら採ります。 初心者の生活身辺句は、どうしても季感が動きやすく、感動も弱いです。 なぜなら、どうしても頭で考えて詠むという傾向から脱皮できないからだと思います。 吟行の場合は、発見や驚きが捉えやすいので佳句が授かりやすいです。 ですから結果として、「みのる選には吟行句が多い」ということになるのだと思います。
" 過去の記憶を思い出して作句するのは、いけないの? "
いけない事はないですが、どうしても感動が薄くなりがちなのと、記憶に頼るので具体的に詠むのが難しいですから、 結果として独り善がりの句が多いです。 こういう作句法がゆるされるのは、何十年も経験をつんだベテランの作家が、 体力的に吟行にいけなくなった状況下で作句するというケースです。 足腰が動く間は頑張って吟行に出て作りたいですね。 そのうち行きたくても行けなくなる時が必ずきますから。
" 無料添削は、1週間に10句までですよね。"
そうではなくて 「1週間に1回」 というのが正しいです。 5句に分けて2回まで許されるということではないです。 機械的に添削作業をしているわけではないので、5句でも10句でも1回は1回です。 ですから、10句揃えて投稿してくださるほうが助かります。 俳句以前・・という作品の場合、1句も添削できずに返信することもありますが、 とても痛みを感じます。 1句だけでも添削して採れないかと何度も見直しします。 10句と決めているのは、そのためです。
" 無料添削の限度枠をもっと増やしてもらえないの? "
添削に頼った作句を続けていると、作りっぱなしの癖がつき、自分で努力することを忘れます。 他の人の秀句から学んだり、自分自身で何度も推敲したり、 という習慣を身に付けなければ上達は難しいです。 自分の作品の結果にしか関心のない人は上達が遅いです。 みのる選の全ての添削例を参考にして学ばれるのは、とてもよい方法だと思います。
" みのる選に「添削の説明」を書いてもらえると勉強になる。"
たまに書いてあるので新鮮に映るのではないでしょうか。 説明を読んだとき、”なるほど!”と合点しても、直ぐに実作に役立つものではありません。 実作経験の中で、あるとき直感的に悟ることが良くありますね。 この積み重ねが本物の学びだとぼくは考えているのです。 必要以上に理屈や知識が先行すると、作句のときに気になって無心に作れなくなります。 GHがオンライン上で議論や俳論を禁じているのは、そのためです。 句を詠むより、文字で議論するほうが楽しいという人もいますが、 それで、俳句が上達するとは、ぼくは思いません。 オフ句会などでおしゃべりするのはいいのですが・・・。
5時起き朝散歩が定着しました。
おおよそ1時間かけて舗装された歩道を町外れの山のふもとまで歩きます。 足腰の調子もよく、だんだん楽しくなってきました。 今朝は、ホオジロの鳴き声を聞きました。
「一筆啓上仕り候」というのが代表的な聞きなしだそうですが、 「ちょっと姉ちゃん酒もってこい」と聞きなした子供がいるそうです。
今日は、仕事で一日外出。みのる選のアップは夜になると思います。
会員のSさんは、いつも絵手紙を送ってくださって慰めてくださる。
体調が悪くて塞いでいたころ、毎週のように絵手紙が届いた。 押し付けがましい親切が書いてあるのではなくて、 ご自分の身辺のことを何気なく書いてあるだけなんです。 それでも気持ちが癒されるのだから不思議ですね。
筆不精のぼくは、いちども返事を書いていない。ごめんなさい。
" 文章や詩や俳句に癒しの力があるというのは素晴らしいなぁ〜 "
とふと思いました。
今日は「花の日」。教会では礼拝のあと、 それぞれ分担して、礼拝に来ることのできない方々を訪問してお花を届けました。
遅くなりましたが、さきほどようやく「みのる選」をアップしました。 毎週句会を日曜日に選ぶのは、ちょっときついので、 締め切りを金曜日か日曜日に変更したいと思うのですが、 どちらがいいでしょうかね。
GHに、 『更新情報』 というページがあります。 GH通のメンバーは、この更新情報のページを「お気に入り」に入れておいて、 TOPページからではなくここからGHへ入るのです。
そこで、このページのことを俗称「GH裏門」とか「裏GH」とか呼びます。(^^
ここでは、どのページがいつ更新されたか、どの掲示板に新しい書き込みがあったようだ、 ・・というような変化が一目に分かるようになっているからです。 TOPページの右欄にも簡易な更新情報が出ますから、それほど変わらないのですが、 少しだけ更新情報のページのほうが早く表示されるかもしれません。
さて、どう改良したかを簡単に説明します。 まずTOPページのリンクの色を標準に戻しました。デザイン的には、少し劣るかもしれませんが、 未訪問はブルーで表示され既訪問のページは紫色になります。 TOPページの左欄にインデックスリンクがありますが、ここがオール紫色の方は、 GH通と言えます。
更新情報のリンク表示も同様になっていましたが、 今日の改良で既訪問のページでも、更新されたときは、 ブルーのリンク表示に戻るようにしました。 これによって、更新後の未訪問、既訪問の区別ができるようになりました。 多分、より便利になったと思います。TOPページの右欄の表示も同様になっています。
実は、結城さんのホームページの更新情報が少し前からこのような仕様に改良されているのを知りました。 ぼくも真似したいと思って、ヒントを教えていただこうかと考えていたのですが、 お忙しい結城さんのお邪魔をしてはいけないし・・、 と参考書を繰りながら試行錯誤してみたら、何とか成功したみたいで嬉しいです。
各句会の「清記印刷」のパリエーションを追加しました。 改ページ機能も付けました。お試しください。
”こんなフォーマットが欲しい”
というリクエストがあれば作成します。
GHが客観写生をやかましく言っているのは、基本を身に付ける手法としてそれが最適だと考えているからです。 俳句を始めたばかりの初心の作家が、いきなり上級思考を目指して成功する確率は極めて低いと思いますが、 どうしても最初からそういう学びを目指したいというなら、GHで寄り道などしないで、結社へ入られることをお勧めします。
斯くいうぼくは、いきなり結社に入会して学んだ口です。でも、同じように結社に入会された方のなかにも、 やがて壁にぶち当たって挫折していかれた人を何人も見てきました。 基本的な学び、訓練の期間を忍耐できず、主観傾向に走り、論理的な世界に誘惑される・・ たいていは、そういうタイプの人でした。
”学歴や社会的地位のある人ほどその傾向がある。”
何人もの優秀な作家を育てられたぼくの先生は、よくそう言っておられました。 プライドという世的な衣を脱ぎ捨て、赤裸々な自分を表現できるところまで脱皮できなくては、 本物の俳句は授からないと言うことでしょうね。
GHが提唱している心がけや俳句精神が、決して「究極の理念」 だとは思っていません。 真剣に俳句を学ぼうとされる方々が、狭き門を見出されるまでの道案内をし、 確かな基本が身に付くようにお手伝をする、それがGHの存在価値だと考えているのです。 要するに、GHはあくまで『入門俳句道場』なのです。
我慢して写生に励み、しっかり基本が身についてくると、 写生句でありながら実に個性あふれた作品が生まれ始めます。 また、そのように導くのが指導者としての義務であり責任だと考えます。 箸も棒にもかからなかった初心者が、個性的な作家としての芽を出し始めたとき、 何にも変えられないほどの喜びを覚えます。これが指導者の特権であり報酬なのです。
ぼくは、客観とか主観とかを論じるのはあまり好きではないし、それを意識して句を詠むこともありません。 ほんとうに大切なのは、『個性』 だと思うからです。 類句だ類想だと騒ぎ立てている様子はあまりにも悲しいことです。 誰にも真似のできない個性あふれた作品を目指すことこそ、『究極の学び』 だと、ぼくは信じて疑わないのです。
最後に、敬愛する青畝先生が、個性について触れておられる文章がありますので、その一部を引用しておきます。 ぜひ、先生の俳話をお読みください。
・・・写真で見たその人よりも、漫画のように省筆して描かれたその人のほうが、格段とその人の真が伝わって感じられるという場合が多い。これは道理に合わぬようで、むしろ真に迫るからふしぎである。このようなことは俳句にも行なわれていて、こうした俳句に現われる変容は、作者の直感が最もよく正直に写しこなした描写である。
青畝先生の俳話、 『個性と写生』 よりの引用
日付を跨いで選句作業をすると、正しく結果が反映されません。
締め切りは、当日の23:30までというルールなのですが、守られないことが多いようですので、 今回、システムを修正して、23:30〜24:30 の間は、選句ページが開かないようにしました。
礼拝の午後、教会の役員会がありました。難題の議事が多くて帰宅したのは夜の9時ごろでした。
ちょっとハードでしたが、何とか、みのる選を済ませて先ほどUPしました。
今朝は、5時に起きて散歩に出ました。
昨日は代田だったのに、今朝は植田になっていました。蛙も鳴きはじめていました。 田圃や畑で仕事をしている人たちにもたくさん会いました。 いつもの散歩の時間帯ではほとんど見なかった人たちです。 農作業をする人たちは、朝早くから始めて日の高くなるまでには終わる・・ということですね。 納得!
今日は、鶯、時鳥のほかに雉子の声も聞こえました。 静かな朝ぼらけの雰囲気を突いて、「ケッケーン」と叫ぶ声に、なんとなく孤独感が漂っているように思いました。
毎日句会みのる選の作業は、生活のリズムの一部になってきました。感謝です。 残念ながら今朝も、「字余り」、「字足らず」の句がたくさんありました。 5・7・5の正形に推敲するのは、基本中の基本なのでぜひ習慣づけてほしいです。 また、観念を脱皮できていない作品も多いです。 ぼくもそうですが、ベテランの作家でもスランプに陥るときは、得てして観念俳句になっています。 もう一度初心に返って、その姿勢を正しましょう。 青畝先生の俳話、 『観念に溺れるな』 は、いつもよき羅針盤です。
てなことを書いている間にもうお昼です。
「作句の壷」の中で紹介していた、阿波野青畝先生の俳話を別ページにまとめました。
所蔵している資料の中から、随時追加して行きたいと思います。 先生の文章は、俳句と同じで、簡潔な中に含蓄がありますね。 ぼくはスランプに陥ったときに、先生の作品や俳話をよく読みます。
みなさんも、ぜひどうぞ。
みなさんのお祈りに支えられて、坐骨神経痛の後遺症も肉体的な苦痛はほとんどなくなりました。 ただ、脳細胞がまだ記憶しているらしく、 自分では気づかずに、痛かった右足をかばうような歩き方になったりしてるみたいです。 それが影響して背骨に歪みが生じるので、なかなか腰痛が消えない・・・という診断でした。
”まあ、しょうがないかなぁ〜”
と、納得して根気よくリハビリに励んでいます。
4月から、月初めの1週間ほどとその他に2、3日、アルバイト程度の仕事に出ています。 といっても、サラリーマンではなくて自営業です。 社会人になってまもなく、勉強代わりにということで、「電気主任技術者」という資格を取得していました。 在職中は無用の長物だったのですが、この資格で定年後のアルバイトができるとはありがたいことです。 適当に人との接触もあり多少は頭も使うのでボケ防止になるし、移動に体も動かすので健康にもいいし、 少しお小遣いにもなるし、毎日家にいると粗大ゴミになりかねないけれどその予防にもなる。 ・・ということで、一石三鳥から五鳥くらいの価値はありそうです。
まだ、始めてから1週間ほどですが、毎朝6時に起床して1時間ばかり散歩に出ます。 家から15分ほど歩くと田舎の風情を保っている谷戸があり、そこを徘徊して戻ってきます。 鶯がしばなき、時鳥もよくないています。ときどき蛇にも遭います。 たんぼには、水が張られて田植えを待っている状況です。 一生懸命歩いているので、俳句はできません。(いいわけ上手・・)
朝散歩から戻ると、ミルクをコップに1パイ飲んでからパソコンのスイッチを入れ、 毎日句会の投句控をプリントアウトします。老眼対策のために文字は12ポイント、添削のための余白もいるので、 1ページに45句、A4サイズ3枚です。 それから小さな庭の水やりを済ませたあと、朝食を取りながらざっと句稿に目を通します。 そして仕事のない日は午前中に、仕事や教会の用事で出かけるときは夕方に選をするのです。
お昼は、家内が出かけているときは自分で作ります。 「声のかけら。」で美味しい炒飯の作り方を教えていただいたので結構上手になりました。 小1時間休憩してから、図面や書類作りなど仕事関係のパソコンワークをはじめます。 ときどき飽きたら、GHのメンテナンスなどもします。 パソコンに向かっていると、自動メールチェックがGHに書き込みがあったことを教えてくれるので、 ちょっと覗いたりもします。
午後5時ごろになると、また30分ほど夕散歩に出かけます。こんどはサイクリングです。 散歩のあとのお風呂は最高ですね。 夕食タイムには、タイガースの試合がテレビ放送されるときはこれを見ます。 (最近はまた昔の弱いタイガースに戻りました・・・)
寝る前にもう一度メールとGHをチェックして、簡単なストレッチ体操をしてから、おやすみなさい・・・。 ということで充実(?)した一日が終わります。 健康状態が完全に復調し、新しい仕事にも慣れたら、次の目標(夢)があります。 それは、関東と関西とで毎月定例オフ句会をすることです。 広島にも年2回くらいは帰省しますから、中国オフも計画したいですね。 この夢が一日も早く実現するように頑張ります。どうぞみなさんお祈りください。
ps:昨日プログラムを書き換えて、会員パスワード式にしたOFF掲示板はうまく動いているようです。 テストにご協力してくださったたみなさんに感謝します。
OFF掲示板と画像掲示板への悪質な書き込みが増えてきました。 書き込み時のHOST情報は探知できているので、 その都度アクセス制限のリストに加えているのですがいたちごっこのようです。
仕方がないので、会員パスワード認証をして制限することにしました。 会員登録と同じ名前とパスワードとを使ってください。 クッキーが有効になっていれば二度目の入力は不要ですのでさほど不便はないと思います。
様子を見て画像掲示板も仕様変更するかもしれません。 談話室はいまのところ被害はないようです。
会員登録者一覧のページを作りました。
TOPページ中央上覧に、「現在の参加者***名」という表示がありますが、 これをクリックされても見ることができます。 このリストは、参加者がインターネット句会の投句または選句のためにアクセスされると、 自動的にチェックして、更新日時を書き換えリストの一番上に表示します。 管理人は、このリストを定期的にチェックし、90日以上句会参加のない登録者を 削除していきます。
”そこまで厳しくしなくてもよいのでは・・”
という声もありそうですが、1、2度覗いただけで去っていかれる方も多く、 これを管理しないと、無尽蔵に会員数が増えていきます。 実体に近い会員数を表示するためにはやむを得ないことと思います。
家庭の事情やお仕事の都合などで、やむなくお休みしておられる方もあるでしょう。 会員リストからの削除はあくまで管理上の措置ですので、気になさらずいつでも自由に再登録してください。
別途、「正会員リスト」というものを設定して、こちらは、お休みがあっても削除しないという運用も検討してみます。
半年ぶりにみのる選を再開して気がついたことを書いてみました。
まず第一に、言葉だけの俳句、虚構や想像で作った俳句が多いということです。 それは誰のせいでもなく、選を逃避していたぼくに責任があります。 自由率とか無季などは別として、参加者の投句内容に制限を加えるつもりはありません。 ただ、みのる選に関しては、実景を見て、感じて作られた作品か否かをまず見極めて取捨を振り分けています。 上級者になると、巧みに言葉を選んでいかにも実景写生風にまとめることができます。 けれどもある程度経験をつんだ人には、それが虚構であることはすぐに見分けがつきます。
実景を見ないで考えた句の共通点は、具象性にかけるということです。 見てないわけですから当然ですね。ぼくが青畝先生や紫峡先生に教えられたことは、
”徹底的に焦点を絞って具体的に詠む”
ということでした。 もっとわかりやすく言えば、作品を鑑賞したときに一枚の写生画としてはっきり脳裏に映し出されるように 詠みなさい、ということです。 たくさんの事を言おうとするとどうしても焦点がボケます。できるだけ言葉を省略して、 その分具体的な表現になるように推敲してください。
ちょっとだけヒントを書くと、 「風」といえば「吹く」といわなくてもわかります。 「音」や「色」を描写すれば、「聞こえる」とか「見える」とか言わなくても意味は通じます。 「美しい」「清らか」「素敵」というような言葉もあまり感心しません。 どう美しいのか、どう清らかなのか、どう素敵なのかを具体的に言わなければ、 第三者にはわからないからです。 また、「・・・かも知れず」というような曖昧な断定はなるべくしないで、 明確に断定することも俳句では大切です。明確に感じるまでじっと我慢できないで、 ただ見ただけの写生句に終わるから、「説明」「報告」となるわけです。
次に言いたいことは、季語の扱いがやや軽薄だと思われる句が多いです。 伝統俳句では、「季語は一句の命」といわれるくらい重要です。 一句の中での季感が動かない俳句を目指すべきなのです。 特に、「取り合わせの句」といって、
”全然関係のないことを叙して、それに季語をつける”
という手法があります。一例をあげてみましょう。
これは、卒業して社会人となる学生たちへの贈答句として詠まれた高浜虚子の有名な句です。 季語の説明は何もしていませんが、素晴らしい季語の斡旋ですね。 けれども、こうした手法は、経験を重ね、季語の本質を深く掘り下げて理解できるようにならなければ、 誰にでも真似できるテクニックではありません。
というような句を詠んだとしましょう。 この「夏の朝」が絶対に動かないような下句でなければ、「季語動く」になります。 「夏の朝」を「春の朝」「秋の朝」などと置き換えてみてください。 そうして自分でチェックしてみるとすぐにわかるはずです。
もうひとつ気になる点は、むりな言葉づかいです。 安易に切れ字を使ったり、わけのわからない造語を使ったりという傾向も目立ちます。 自分の言葉として十分に消化できていないのに、うけねらいで言葉の斡旋をすると失敗に終わることが多いです。 初学のうちは、そうしたテクニックの誘惑に陥らないほうが賢明だと思います。 上手な言葉選びとか表現方法というのは、たくさんの佳句に触れているあいだに、 少しずつ自然に身についていきます。
最後に、これは論外なのですが不用意にカタカナをつかったり、「三十」と書くべきところを、 「30」と書いたりなどはいただけません。 俳句はあくまで縦書きの文芸であることを忘れてはいけません。 また、歴史的仮名遣いについても意識して学ぶようにしたほうがいいですね。
GHは初心者を対象にしていますから、そうした小さな誤りについて、いちいち注意はしていません。 これを必要以上にやると、雰囲気が悪くなるし、初心者は萎縮してしまいます。 けれども、やがてGH以外の句会に参加されたり、結社で学ばれたりするときが必ずきますから、 基本的なルールについてはきちんと意識して学んでおかれることをお勧めします。
自分の作品について、わからないことや疑問に思うことは、 遠慮なく談話室へ書いてください。できるだけお答えします。 ただし、他人の作品についての意見や質問を談話室に書いてはいけません。 どうしても、その種のことでみのるに伝えたいことがあれば、 みのるへのフィードバック を使ってください。
あなたのご意見・感想をお送りください。 どんなことでもどうぞお気軽に。
(C)
やまだみのる
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