みのる:確かに銀嶺だけで季語とした例句はなさそうですが、日あたった雪嶺(冬)が銀色に輝いて見えるということなので「春日を弾く雪嶺」という雰囲気はありますね。はるかとす…の措辞を使って遠近感、立体感を演出したところが巧みです。

えいいち:遥か彼方に富士が見えるので作者は桜堤や流れる川、広がる田畑などが一望できる少し離れた高台で春の空気を堪能しているように感じました。雪を被った富士山を遥かに見やることで冬の寒さも遠のき暖い春がやって来た喜びを感じます。

澄子:遠景の富士山の白と春空の青 手前の薄紅の桜……ひかり輝くような春爛漫の世界が出現しています。雄大で立体感際立ち 誰にでもイメージ出来るはっきりした景が浮かびます。まさにインスタ映えするような風景なのですが 大和心そのもののを直裁に表現しているように感じます。小田原辺り富士見の桜土手をイメージしました。

かえる:銀嶺という言葉はすぐに雪のイメージを湧きおこしますが、季語ではないのですね。装飾のない花なので桜の堤から見る富士の遠景であることがわかります(合評で、特に指定なき花は桜を表すと勉強したばかりです)。関東人には富士は特別な山で、雲にかからず美しく全景が拝めた日は気分があがります。銀峯というなんとも美しく描写のはっきりとした言葉に負けず、主役の花堤の美しさが際立つようです。

むべ:花堤は桜並木の土手。少し高さもあり、川や周囲の河川敷には高い建物もなく、遠くにまだ雪を被った富士山が見えます。「はるかとす」の措辞により、作者が立っている花堤の立地が、富士山からかなり遠いこともわかります。遠峰や遠富士という言葉を使わずに遠近を見事に表現し、奥行きのある絵になっています。桜と富士山の組み合わせは、ややもすると外国人向けのクリスマスカードみたいになりそうですが、「花堤」の季語が具体的で、そこを歩いて春を堪能している作者や人々も想像でき、ありきたりにならないところがすごいですね。

康子:銀嶺、富士、花堤…この単語だけでも美しいですが「はるかとす」の措辞の効果により一気に光景が広がります。空の青さ…銀白色に光る富士山の微かな雪…土手いっぱいの満開の桜…全てを引き立てるかのような川。ドローンで広い景色を見ているような句です。花堤の季語により暖かな春の気温や鳥の声、賑わう人々の声も聞こえてくるようです。